6月19日(金)校長ブログ「海紅豆の庭」」vol.40~そうだ、平野行こう!~

 本日、京都から京都芸術大学附属高等学校から、本校の探究学習「JOIN」の視察に来られた。探究学習については、遡ること30年くらい前になるが、いわゆる総合学科設置において、「産業社会と人間」および「課題研究」が必履修科目となり、その「課題研究」が、工業などの専門学科における研究活動やものづくり活動ではなく、「多様な教科・科目の選択履修によって深められた知的好奇心等に基づいて自ら課題を設定し、その課題の解決を図る学習を通して、問題解決能力や自発的、創造的な学習態度を育てるとともに、自己の将来の進路選択を含め人間としての在り方生き方について考察させること」を目標したキャリア教育の一環でもあった。

 当時、総合学科に改編されたばかりの学校に勤務しており、おまけに“総合学科長“などという初めてできた名称の担当を任され、先進校(といっても始まったばかりの学校しかない)をいくつか視察したが、どこの学校も手探りで曖昧な活動であり、余計に何をしてよいのか見えなかった。
 そういう時の考え方として、真面目な方は、さらに悩んで考えて、形作ることを考えるようだが、先の見えないことはやってみるしかないと考える性質の私は「そうか、何をやってもいいのだ」との結論に達した。当然、先進校の真似ではなく、目標から逸れない形で、今の探究同様、生徒が普段の生活や興味関心のある分野の中から問い(課題)うを設定し、自分なりの答えを見出すために、調べ学習やアンケート調査、実験、制作等を行い、発表するということを行った。

 当時は今のように大学入試や就職試験が探究活動に対応していなかった(知識最優先、ペーパーテスト)ので、「そんなことをさせるなら英単語の一つでも覚えた方が生徒のため」と非難されたが、頑固な私は、文科省の目標自体は疑問だったが、「ほんまに文科省の言うてる通りやってやろう」と思って取り組んだ。

 結果的に、現在、どこの学校も悩みながらも一つのカタチができてきた「探究活動」だが、まだまだ教員のスキルが追いついていないのは確か。経験上、「探究活動」に最も必要な教員の資質は、「懐の深さ」と「助言力」。生徒のやりたいことに寄り添うことを前提として、間違わないように事前に教えるのではなく、いざ間違ったときに助言やヒントをうまく与えることができる、そんな感じ。一回試させる、失敗する、生徒自身の間違いや失敗そのものが探究のスタート、次の問いが生まれるということが経験できれば成功。一年間しかないから間に合わないというなら、早く調べて早く失敗させればいい。

 と、だいぶん横道にそれたが、そんな「探究活動」について、附属平野中学校の『JOIN』はすごい。その皆が困っている頃から、生徒が問いを立て、調べ、実験し、考察したうえで、最後は社会に提案する。いっぱしの高校生でもそこまでできる者はそれほど多くない。そんな『JOIN』を、「そうだ、平野行こう!」と思われたのか、校長先生含む4名の先生教員で見学に来られた。見学前の説明も食いつくように聞き、質問し、見学についても、生徒にどんどん質問されていて、その研究心に感心した。「ええもん作ろ!」という想いがその背中から伝わってきた。「ええもん」の参考になれば、と思う。本日は、お越しいただき、ありがとうございました!

  「探究」の 探究心は 尽きぬなり